phoenixbowya’s blog

現代社会を生き抜いた男の記録

スマートな忙しさ

何かをやろうとしていたが、忘れてしまった。

スマホ、スイスイ。

気になったらすぐ調べる習慣を得て、失ったものはなんだろう。

何かあったらすぐ知らせてくれる通知機能によって、失ったものはなんだろう。

それが「心のゆとり」だとしたら、スマホをやめることを真剣に考えてもいいのかもしれない。

世間では普通に使われているものが、人によっては合わないこともあると思う。

 

わかっていてもやめられないことの代表的なものに、煙草がある。

煙草をやめるのは容易でない。

phoenixbowya.hatenablog.com

しかし、煙草よりもやめるのが難しいものに、「スマホを触る」というものがある。

煙草を禁じるのを「禁煙」と言うのなら、

スマホを禁じることを「禁スマ」と言ってもなんら差し支えないだろう。(若干、ダサいかもしれない。今思いついてしまって、とめられなかっただけです)

まあ言葉はなんでもいいけれど、とにかく禁スマはかなり難しい。

 

現代に生きている以上、今あるテクノロジーに遅かれ早かれ従わなくてはならない。この先もずっと。

それが面倒だ。

個人の意思で取捨選択ができるそぶりをされながらも、実際には結局いいように流されている。スマホに懐疑的だった人も結局スマホを使うようになる。そういうものだ。

だから、どうせ使うのなら早めに導入しておこう、という動きも当然の如く出てくる。

他に遅れを取らない様に。 理解は、できる。

遅れを取るほど、世間に取り残されていき、不利になり、つぶされる。そんなことあってはならない。と。 理解は、できる。

 

しかしその一方で、そんなことばかりで本当にいいのか、と思うときがある。

この無駄な焦燥感はなんだ。

この忙しい感じはなんだ。

なぜ私はこの通知のいちいちに反応を示さなければならないのか。

なぜ私はこんなにもこの画面を見なければならないのか。

私は最近心から安らいだことがあったか。

スピードが、生きづらいほどに速くはないか。

 

スマホのせいにしすぎている節はある。ただ、どうしても思わないわけにはいかない。

スマホを見ているのは自分であり、別に見なければいいだけのことである。

あらゆる道具は使い方次第である。

わかっている。しかしそれは半ば無理な相談だし、ある種詭弁である。

仕事のメッセージを私の権限でシカトできるか。いや、できない。

仕事相手がこちらに気を遣ったペースでメッセージができるか。いや、できない。

 

やめようとしてもやめられない。それだけだ。

みんなもうリアルタイムでのやりとりが当たり前だし、手元ですぐ調べる癖もついてしまった。

中毒性がある。

できるから、やる。それだけである。

できるのにやらなければ、なぜやらないのかと問われる。

細かく細かく、ちまちまと対応することが求められる。

面倒である。これだからスマホのことが嫌いだ。本当は要らないが、時代がそれを許さない。

 

結局、スマホがある方がどう考えても忙しいのである。

 

 

鷹揚な人を見なくなったのは気のせいか。

最近の流行りは、煙草も吸わず、クレバーで、ITに明るい、そういう人間だ。

結構なことだ。

ただそれは、面白いのだろうか。

幸せなのだろうか。

 

ITがない時代に生まれ死んでいきたかったと本気で思う時がある。

どうせなきゃないで、なんとかやるんだし。

といいつつ、次の瞬間私はスマホを触っている。

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